∽*∽*∽*∽*∽ 秘密情報官XX プルトニウム奪回作戦 ∽*∽*∽*∽*∽


 第二章 秘密情報官発令

     1

 浅間山が間近に迫った長野県軽井沢の市街地は、避暑のシーズンを目前にして、華やかな賑わいを呈していた。
 軽井沢は日本有数の避暑地として有名であるが、中でも北軽井沢は、森林の中に高級別荘が点在し、眩しい緑と野鳥達のさえずりに包まれていた。
 木洩れ日眩しい穏やかな初夏の昼下がり、北軽井沢の外れにある森林の中にポツリと一軒、切り立った三角屋根と白い壁に覆われた二階建ての豪華な別荘が建っていた。
 その別荘の一階には、丸太で組まれた広いテラスがあり、そこにサングラスをかけた一人の男が、辺りを見渡しながら佇んでいた。サングラスをかけたその男は、紺色に縦縞のストライプのスーツに身を包み、髪の毛にパンチパーマをかけ、体格はがっちりとしていたが、人相は決して良いとは言えなかった。更にその男の左腰には、拳銃の柄が顔を覗かせていた。
 その別荘から百メートルほど離れた木々の影にもう一人の男が息を殺して潜んでいた。
 その男は、双眼鏡を使って、テラスにいる男の様子を静かに伺っていた。
 双眼鏡を手にしているその男の名は、高杉慶介、二十八歳、陸上自衛隊・戦術情報部・二等陸尉であった。
 戦術情報部とは、主に防衛に関するあらゆる情報の収集やその分析をする特務機関である。二等陸尉とは、昔の大日本帝国時代の陸軍中尉にあたる。高杉慶介は、昔で言えば将校にあたる幹部自衛官であった。
 背が高くスマートな体つきの高杉は、上下とも濃い色の迷彩服に身を包んでいた。高杉は真剣な表情で双眼鏡を覗き込み、別荘のテラスにいるサングラスをかけた男の様子を伺っていた。
 やがて高杉は、意を決したように双眼鏡をしまうと、足元に咲いていた小さな白い花を摘み取り、その花の匂いを嗅いだ。
「いい香りだ」
 高杉はそう呟くと、摘み取った小さな花を胸ポケットに入れ、テラスにいる男に気づかれぬよう、静かに別荘へと近づいていった。
 別荘のすぐ近くまで近づいた高杉は、足元に落ちていた長さ三十センチ程の小枝を拾うと、テラスを支える丸太の支柱に、思いっきり投げつけた。
 高杉が投げつけた小枝は見事、テラスの支柱にあたり、木の心地よい音が鳴り響いた。
「何だ?!」
 テラスにいた男は、腰から拳銃を抜き取ると、拳銃を構えながらテラスから階段を伝って地面に降りて、丸太で組まれたテラスの床下を慎重に覗き込んだ。
 高杉はその隙に、静かにその男の背後へ忍び寄ると、自分が持っていた拳銃の柄で、その男の後頭部を思いっきり殴った。
「うおおっー!!」
 サングラスをかけた男は小さな呻き声を出しながら、地面の上に倒れて気絶した。
「昼寝に、拳銃は要らんだろう」
 高杉はそう呟くと、その男が手にしていた拳銃を奪い取った。
「旧ソ連製のトカレフか…」
 高杉はそう呟きながら、奪った拳銃を自分のズボンのベルトに挟んだ。
 そして高杉は、使い慣れている自分のオートマチック式の拳銃を取り出した。
 高杉の拳銃は、スイスSIG SAUERのシングル・ダブルアクションタイプP220をライセンス生産されたものであり、陸上自衛隊の隊員に標準配備されているものであった。
 口径は9mm、弾丸はM1911A1・9発がカードリッジ式の弾倉に装填されていた。 
 高杉はその拳銃を構えて、静かに、テラスから建物の中の様子を伺った。
 そして、テラスに面した部屋に人影がないことを確認すると、物音を発てないように静かに建物の中へと入っていった。
 テラスに面した部屋は、八畳程の洋間の寝室になっており、シングルベッド二つとドレッサーが置かれたシンプルな家具の配置となっていた。
 高杉はその寝室の入り口のドアの前へと静かに歩み寄った。するとドア越しに、二人の男の話し声が聞こえてきた。
 ドア越しに伝わってくる雰囲気では、ドアの向こう側はリビングになっており、そこで二人の男がポーカーをしている様子であった。
 高杉はズボンのポケットからカメラのフィルムケース程の小さな筒を取り出すと、その筒についていたピン状の栓を抜き、リビングへと続くドアを勢い良く開けた。
 そして、高杉は間髪を入れず、リビングのテーブルの上に、その筒を投げ込むと、すぐさまドアを閉めた。
「何だ?! これは?!」
 リビングのテーブルで、ポーカーをしていた二人の男が、そう叫ぶや否や、投げ込まれた筒から物凄い勢いで白い煙が噴き出した。
 勢い良く噴き出した白い煙は、たちまちリビングに充満し、突然の出来事に、おろおろしていた二人の男は、床の上にぐったりと倒れて気を失ってしまった。その白い煙は、即効性の催眠ガスであった。
 暫くするとリビングに充満していた催眠ガスの白い煙は、嘘のようにスーッと消えていった。
 寝室に身を潜めていた高杉は、腕時計を見ながら頃合を見計らって、リビングへと続くドアを開けた。
 そして二人の男がリビングの床に倒れていることを確認すると、高杉は静かにリビングへと入っていった。
 リビングの壁沿いには大きな暖炉があり、その脇には、高さ一メートル程の大きなダイヤル式の金庫が置かれてあった。その金庫は、いかにも重厚そうであったが、型がやや旧式の金庫であった。
 高杉は、その金庫の前に歩み寄ると、金庫のレバーを引いてみたが、金庫のドアは開かなかった。
「開いている訳がないか…」
 高杉はそう呟くと、手にしていた拳銃をしまって、ポケットからサバイバル用の折りたたみ式ナイフを取り出し、そのナイフを使って金庫のダイヤルの頭に貼ってあるステンレス製の厚いラベルを剥がした。
 ステンレス製のラベルが貼ってあったその下は、直径二センチ程の空洞になっており、高杉はその空洞にサバイバルナイフについているドライバーを差し込み、梃子の原理で力を加え、回転式のダイヤル本体を取り外した。
 回転式のダイヤル本体があった場所の下には、ダイヤルより一回り小さい円盤が、二本のビスで留められており、その円盤の中心には、剥き出しになったダイヤルの軸棒だけが突き出ていた。
 高杉はその二本のビスをドライバーで外し、円盤を取り外した。すると、支えがなくなった軸棒はグラグラになった。
 高杉はそのグラグラになった軸棒を指で摘むと、ゆっくりと慎重に回していった。高杉は全神経をその軸棒に集中し、閂が外れるポイントを懸命になって探した。
 金庫の軸棒を慎重に回す高杉の額に、薄っすらと汗が滲んだ。
 そして遂に、高杉は閂が外れた感触を得ることができた。
 高杉は、安堵の息を洩らしながら額の汗を手で拭うと、ゆつくりと金庫のレバーを引いた。金庫の重厚な扉は、独特の低い金属音を響かせながら、その大きな口を開けた。
 金庫の中には、黒いアタッシュケースが一つだけ納まっていた。
「よし、これだな」
 高杉は満足そうにそう呟くと、サバイバルナイフをしまって、金庫の中からそのアタッシュケースを取り出した。
 とその時、
「動くな!」
 高杉の背後から突然、男の低い声がした。
 高杉の顔に緊張感が走った。高杉は両手でアタッシュケースを持ったまま、ゆっくりと後ろを振り返った。
 するとそこには、身体の大きな男が拳銃を構えてリビングの入り口に立っていた。その男は、スマートな身体つきの高杉とは対照的に、腕や脚が太く、いかにも腕力がありそうな、がっちりとした体格であった。
「アタッシュケースをゆっくりと床に置くんだ!」
 その男は勝ち誇ったように、ニヤリとしながらそう言った。
「もう一人いたとは、思わなかったよ」
 高杉は額に汗を滲ませながらも、落ち着き払ったようにそう言って、アタッシュケースをゆっくりと床に下ろした。
 だが高杉は、アタッシュケースを床に置いたと同時に、間髪を入れず、そのアタッシュケースを救い上げるようにして、その男の顔をめがけて下から投げつけた。
 高杉の予期せぬ行動に、その男は反射的に顔を守るようにして両手で顔を覆った。
 高杉はその隙に、その男めがけて体当たりをし、その男の右手を殴って、拳銃を床に落とさせた。
 しかし、その男は怯むことなく高杉の背後に回り込むと、右腕を高杉の首に巻きつけ、それに左腕を添えて、高杉の首を思いっきり絞め上げた。
 後から首を締め付けられた高杉は、全く身動きが取れなくなってしまった。高杉は何とか、自分の首を絞め上げているその男の腕を振り払おうとしたが、その男の腕力のほうが格段に上であり、全くびくともしなかった。
 身体の大きな男は、高杉が抵抗するのを尻目に、高杉の首を絞める力を更に強めていった。それによって高杉は、息をすることが困難になり、段々と苦しめ始めた。身体の大きなその男は、高杉の苦しむ姿を見下ろしながら、ニタニタと不気味な笑みをこぼした。
「むふふ、どうだ? 苦しいか? もっと苦しめ!」
 その身体の大きな男は、高杉の苦しんでいる姿を楽しむかのように、高杉の首を絞めている腕に、更に力を加えた。
 高杉の意識が段々と、遠のき始めた。
 このままでは遣られてしまう!
 そう悟った高杉は、その男に気づかれぬように、手探りで自分のポケットから、先程使っていたサバイバルナイフを取り出すと、最後の力を振り絞って、その男の太腿にサバイバルナイフを突き刺した。
「ぎゃああー!」
 その男は大きな悲鳴を上げると、高杉の首を絞めていた腕の力を緩めた。
 高杉はその隙に、その男の腕から逃れると、直ぐにその男へ向き直り、その男の顎を下から思いっきり殴り上げた。
 高杉に顎を殴り上げられたその男は、飛ぶように後の方へ倒れ、その勢いで後頭部を暖炉の角にぶつけ、床の上に倒れて気を失ってしまった。
 高杉は息を切らせながら、床の上で気を失った男を睨み付けた。
「窒息するかと思ったぜ」
 高杉は首をさすりながら、そう呟いた。
 息が落ち着くと高杉は、床の上に落ちていたアタッシュケースを拾い上げた。そして先程、胸ポケットに入れておいた小さな白い花を取り出して、その香りを嗅ぐと、その花を金庫の中に投げ込み、その場を後にした。


 別荘の外は、野鳥達のさえずりに包まれ、先程の男たちの格闘が嘘のように、のどかで平和そのものであった。
 高杉は、別荘の近くに停めてあったオープンタイプの四輪駆動車に乗り込むと、エンジンをかけ、アクセルを思いっきり吹かせて発進させた。
 高杉が乗ったオープンカーは、軽快なエンジン音を鳴り響かせ、木洩れ日眩しい森林の中の道を力強く走った。高杉にとって、全身をすり抜けていく緑の風が、とても心地よく感じられた。
 森林の中の道を暫く走っていると、道の先の路上に、通行止めの表示板が置かれているのが、高杉の目に入った。
 高杉は、その通行止めの表示板の手前で、オープンカーを止めた。
 すると突然、道路の両脇の木陰から、迷彩服を着て機関銃を持った男たちが次々と現れ、高杉の乗ったオープンカーを取り囲んでいった。
 そして、その男達のうちの一人が、オープンカーの運転席にいる高杉の元へ、歩み寄って来た。
「ご苦労、高杉二尉。二十五分三十七秒だ。なかなか良い成績だ」
「ありがとうございます」
 高杉は敬礼をしながら満更でもなさそうに、そう答えた。
 高杉がオープンカーを降りると、陸上自衛隊の上級幹部の制服を着た男が、高杉の元へと静かに歩み寄って来た。
 高杉は歩み寄って来たその男に、深々と敬礼をした。
 その男は、高杉の所属長である陸上自衛隊・戦術情報部の幕僚長であった。戦術情報部の幕僚長とは、戦術情報部の長であり、言ってみれば戦術情報部長のことである。
「ご苦労だった、高杉二尉。後ほど私の部屋まで出頭するように」
「はっ、わかりました」
 高杉はそう答えながら、幕僚長に恭しく敬礼をした。
 幕僚長は高杉の敬礼に応えると、上級幹部用の黒塗りの高級車の後部座席に乗り込んだ。
 高杉は走り去っていく黒塗りの高級車を静かに見送った。

     2

 東京・新宿にある防衛庁の庁舎は、初夏の夕日に赤く染まっていた。
 陸上自衛隊の幹部の制服を身にまとった高杉は、防衛庁舎内にある戦術情報部・幕僚長室のドアをノックした。
「どうぞ」
 ドア越しに低い声が返ってきた。
「高杉二尉、入ります」
 高杉はそう言うと戦術情報部・幕僚長室に入り、幕僚長に敬礼をした。
 幕僚長は掛けていた椅子から立ち上がり、高杉の敬礼に応えると、立ったまま話を切り出した。
「先程はご苦労だった。いつもながらいい成績だ」
「ありがとうございます」
「実は、急な話なのだが、明日付けで内閣官房・内閣情報調査室に出向してもらうことになった」
「私が、ですか?」
「そうだ」
 内閣官房・内閣情報調査室とは、アメリカで言えばCIAアメリカ中央情報局にあたり、国防全般に渡る情報活動や対テロ対策等を行う特殊な行政機関である。
「昨日、内閣官房より緊急の要請があったのだ。君は陸上の戦闘車両は勿論のこと、航空機や船舶の扱いにも精通し、英語も堪能だ。私は君が適任だと思って推薦した」
「……」
「どうやら国家レベルの重大な事件が発生したらしい。日ごろの訓練の成果を発揮するいい機会だ。心して任務に就いてもらいたい」
 幕僚長は高杉を激励するようにそう言った。
「はっ!ご期待に添えるよう、頑張ります!」
「うむ」
 幕僚長は高杉の快い返答に、満足げに頷いた。
 高杉は全身からこみ上げてくる興奮を覚えずには、いられなかった。

     3

 午前八時、経済大国日本の行政の中心である千代田区霞ヶ関は、官庁へ出勤する官吏が行き交っていた。終わりのない連日連夜の激務で疲れきった顔の官吏が多い中、爽やかな朝の風を切って颯爽と歩く一人の男がいた。
 その男は、高杉慶介であった。高杉はダブルのソフトスーツに身をまとい、庁舎が立ち並ぶコンクリート・ジャングルにいて、一人爽やかさを漂わせていた。
 高杉は霞ヶ関を横切り、永田町の首相官邸に隣接する内閣官房の庁舎の正面入り口前で立ち止まった。そして高杉は、その庁舎を見上げながら深く深呼吸をすると、正面入り口にある石段を一歩一歩踏みしめるように登っていき、庁舎の中に入っていった。
 庁舎内の廊下は、誰もいないかのように、ひっそりと静まり返っていた。
 高杉は内閣情報調査室の室長室の前にたどり着くと、その部屋のドアをノックした。
「はい、どうぞ」
 ドア越しに若い女の声が返ってきた。
「失礼します」
 高杉はそう言うと、その部屋のドアを開けた。
 するとその部屋の中には、高杉より少し年上と思われる女が、デスクトップ型パソコンの前に姿勢良く座っていた。その女は、白いブラウスと紺のスーツに身を包み、知的で、どことなく気品を感じさせる美しさを漂わせていた。
 その部屋は、内閣情報調査室長の秘書の部屋であった。そして奥にある重厚な扉の向こう側が、内閣情報調査室の室長室になっていた。
「おはようございます。本日付けで、陸上自衛隊より出向してまいりました高杉慶介です」
 高杉がそう言うと、秘書は軽く微笑みながら立ち上がった。
「おはようございます。高杉さんですね、少々お待ち下さい」
 秘書はそう言うと、室長室のドアをノックし、返事を待ってドアを開けた。
「室長、高杉さんが、お見えになりました」
「うむ、入ってもらってくれ」
 室長室の中から男の低い声が返ってきた。
「かしこまりました」
 秘書は高杉の方を振り返った。
「どうぞ、こちらへ」
 秘書はそう言って、高杉を室長室へ案内すると、自分は退室し、室長室のドアを静かに閉めた。
 室長室の床には、豪華な絨毯が敷き詰められ、奥にはマホガニー製の重厚な両袖机が置かれてあった。そして、そのマホガニー製の机に向かって、五十歳前後の男が、黒い皮製の大きな椅子に、深々と座っていた。
 その男は、椅子から立ち上がると、
「さあ、どうぞ」
と言って高杉を迎えた。
「おはようございます。本日付けで陸上自衛隊より出向してまいりました高杉慶介です」
「ご苦労。私は内閣官房・内閣情報調査室長・統括秘密情報官の大森だ。よろしく。早速だが、辞令交付を行う」
 内閣情報調査室長の大森は、机の上にあった黒く底が浅い木箱から辞令書を取り出すと、それを読み上げた。
「高杉慶介、本日付けをもって、内閣官房・内閣情報調査室に配属とし、主任諜報官吏・秘密情報官に任命する。
 大森はそう言うと、辞令書を高杉に手渡した。
「慎んで拝命致します」
 高杉はそう言いながら、恭しく辞令書を受け取った。
「君の仕事上のコードネームは “XX”(ダブルエックス)とする。私のコードネームは“AA”(ダブルエース)だ。忘れないように。秘密情報官は大変な仕事だが、国家レベルの重要な仕事だ。誇りを持って頑張ってもらいたい。
 大森室長は激励するように言った。
「はっ!ご期待に添えるよう、頑張ります!」
「うむ。就任早々だが、緊急かつ重要な会議がある。早速ついてきてくれ」
 大森室長はそう言うと、秘書に会議に出る旨を伝え、高杉を連れて室長室を後にした。


 高杉が大森室長に連れていかれたのは、庁舎内にある大会議室であった。その大会議室は、高級かつ重厚な装飾が施され、政府要人や高級官僚用につくられた政府第一級の特別会議室であった。会議室の上座には、内閣官房長官が座り、十九名の秘密情報官が既に席についていた。
「お待たせしました、内閣官房長官」
 大森室長は、内閣官房長官に一礼してそう言うと、既に席についている十九名の秘密情報官達に向き直って、高杉を紹介した。
「本日付けで、秘密情報官に就任した高杉君だ。彼のコードネームは “XX”(ダブルエックス)だ、よろしく」

「本日付けで、秘密情報官に任命されました高杉慶介です。若輩ゆえ至らぬことがあるかもしれませんが、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します」
 高杉はそう挨拶を述べると一礼をした。
 大森室長は、高杉を席に着かせると、会議の趣旨を話し始めた。
「昨日未明、プルトニウムを積んだジャンボ・ジェット貨物輸送機が、イギリスから我が国へ向かう途中、北緯五十度、東経百八十度のアリューシャン列島付近の上空で突然、消息を絶った。早速、航空自衛隊、海上自衛隊及び海上保安庁が、極秘裏に決死の捜索を行ったが、未だ何の手がかりも発見されていない。そこへ昨日深夜、首相官邸にこのDVDが届いた」
 大森室長はそう言うと、手にしていたDVDをDVDプレーヤーに入れて再生をした。
 やがて会議室に取り付けられた大きなビデオモニターに、映像が映し出された。そこには、今回奪われたプルトニウムが入ったコンテナが映し出され、姿を隠したままの男の低い声がゆっくりと流れ始めた。
「私は国際的頭脳犯罪組織“ブラック・シャドー”の“グレート・エンペラー”である。昨日我々は、英知の粋をもって貴国のプルトニウムの奪取に成功した。我々は、親愛なる日本政府に対し、一週間以内に一兆円の支払いを要求する。もし、この要求が受け入れられない場合、報復として、プルトニウムから作り上げた核ミサイルを、東京をはじめとする日本の主要都市にお見舞いすることになるであろう。そうなれば、一瞬にして日本の全人口が消滅し、日本国が世界地図から消滅してしまうであろう。我々としても、そうした事態は避けてあげたい。諸君の賢明なる判断を期待する。尚、支払方法は、このディスクに収録されているファイルをご覧頂きたい」
 大森室長は、DVDの再生を止めた。
「日本政府としては、このような脅迫に屈するわけにはいかない。何としてでも、プルトニウムを発見し、奪回しなければならない。そこで、これを見てもらいたい」
 大森室長はそう言うと、ビデオモニターに太平洋全域の地図を映し出した。そこには、プルトニウム輸送機の疾走地点を中心に、輸送機の航行可能距離が円で囲まれており、その円の中には、北極圏、ロシア極東部、北アメリカ大陸西部、そして南太平洋のミクロネシアが含まれていた。
「奪われたプルトニウム輸送機は、ボーイング社製の最新鋭ジャンボ・ジェット貨物輸送機、747-400ERF。全長70.7メートル、全幅64.4メートル、標準巡航速度・マッハ0.845、最大航続距離9,200キロメートル。
 そしてこの円内が、プルトニウム輸送機の残量燃料から算出した航行可能な範囲を示している。公海上は引き続き、航空自衛隊、海上自衛隊及び海上保安庁が極秘裏に捜索を行う。
 問題は、第三国の領土内であるが、これを二十のブロックに分け、各秘密情報官に担当してもらう。詳細については、各秘密情報官の手元にある指令書及び極秘資料を見てもらいたい。
 作戦名は“オーシャン・ブルー”である。
 是が非でも奪われたプルトニウムを発見し、奪回してもらいたい。
 尚、このことは第一級の国家機密事項として取り扱い、マスコミへの発表は一切行わない。故に、機密保持には万全を期し、遺憾の無いよう対処してもらいたい。以上、作戦の成功を祈る」
 大森室長は、秘密情報官達にそう檄を飛ばした。
 各秘密情報官の目の前には、それぞれのコードネームである二文字のアルファベットが書かれた大きな茶色い封筒が置かれてあった。高杉の目の前にも、“XX”と書かれた封筒が置かれていた。
 会議室にいた秘密情報官達は、一斉に各自宛ての封筒の封を切り、中から指令書と極秘資料を取り出すと、それらに目を通し始めた。
 高杉も赤いシーリング・ワックスで厳重に封印されている封筒の封を切り、中から自分宛ての指令書と極秘資料を取り出した。
 高杉宛ての指令書には、高杉の担当区域を南太平洋ミクロネシアのグアム島及びその周辺とする、と記されてあった。

第三章へ続く・・・


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