∽*∽*∽*∽*∽ 秘密情報官XX プルトニウム奪回作戦 ∽*∽*∽*∽*∽


 第1章 奪われたプルトニウム

 薄暗い闇に覆われていた東の地平線に、一筋の光が差し込んだ。間もなく初夏の爽やかな朝を迎えようとしているイギリス北西部のセラフィールド空軍基地は、束の間の静けさに包まれていた。
 しかしその空軍基地の片隅では、僅かな照明の中、一機の白いジャンボ・ジェット貨物輸送機に、次々とコンテナが積み込まれていた。
 その輸送機は、ボーイング747のダッシュ400型の最新鋭機・747-400ERFであった。
 全長70.7メートル、全幅64.4メートル、ジェネラル・エレクトリック社のCF6-80型ジェット・エンジン4基を搭載したその機体は、標準巡航速度・マッハ0.845、最大航続距離9,200キロメートルを誇る。まさにそれはジャンボ・ジェット機の最新鋭機であった。
 ちなみに、ボーイング747-400型の1機あたりの価格は、オプションの装備にもよるが、米ドルで2億ドル前後、日本円に換算して200億円以上もする機体であった。
 そして、その最新鋭の機体に、人目を忍ぶように静かに積みこまれているコンテナの中身は、プルトニウムであった。
 このプルトニウムは、日本から運び込まれた使用済みの核燃料のウランをイギリスで再処理して生成されたものであり、再び日本に送り戻すために、輸送機に積みこんでいるのであった。
 このプルトニウムの輸送は、核ジャック防止のため、日時、輸送手段、輸送経路等は一切伏せられていた。また、プルトニウムの輸送は目立たぬよう、護衛の戦闘機等は一切つけず、通信衛星を使った運行監視システムにより、日本のプルトニウム輸送監視センターが監視にあたっていた。
 やがて、プルトニウムが詰まったコンテナを無事に積み終えた輸送機は、暁の大空へと轟音を轟かせながら飛び立っていった。


 プルトニウムを満載したジャンボ・ジェット貨物輸送機は、北極海からベーリング海峡を抜け、太平洋へと順調に飛行していた。
「まもなく、アリューシャン列島上空だな」
輸送機の操縦室で、機長は隣にいる副操縦士にそう話し掛けた。
「ええ、このまま順調に飛んでくれれば、良いんですがね」
 副操縦士はそう答えた。
「全くだな。とんでもない荷物を積んでいるからな」
 機長はそう言いながら、苦笑いした。
 高度一万メートルの上空を飛行する輸送機には、機長と副操縦士二人だけが搭乗していた。二人がいる操縦室の窓からは、太陽の光が眩しく差し込み、眼下には白い雲海が、どこまでも果てしなく広がっていた。
 オート・パイロットと呼ばれる自動航行システムの作動状況を確認しながら、副操縦士は、
「コーヒーでも入れましょうか?」
と機長に尋ねた。
「ああ、頼むよ」
 機長は、プライマリー・フライト・ディスプレイに目をやりながら、そう答えた。
 とその時、操縦室の後ろ側にある入り口の扉が、静かに開いた。
 プルトニウムを満載した輸送機には、機長と副操縦士の二人しか搭乗していない筈であった。
 不審に思った機長と副操縦士は、ほぼ同時に、入り口のドアの方を振り返った。
 すると突然、拳銃を持った黒ずくめの二人の男が、操縦室に雪崩れ込んできた。
「君たちは?!」
 機長が、そう叫ぶや否や、黒ずくめの二人の男は、持っていた拳銃の柄で、機長と副操縦士の後頭部を殴り、気絶させた。
 黒ずくめの二人の男は、気絶した機長と副操縦士を座席から床へ引き摺り下ろすと、それぞれの座席に座り、輸送機の操縦パネルを手馴れた手つきで次々と操作し、ビーコン信号をはじめ、すべての通信回線を遮断した。
 そして黒ずくめの二人の男は、お互いに目配せをすると、そのうちの一人が操縦桿をゆっくりと前へ倒した。
 すると、プルトニウムを満載した輸送機は、静かに高度をさげていった。


 通信衛星を使った運行監視システムにより、プルトニウムを積んだジャンボ・ジェット貨物輸送機の監視にあたっていた日本のプルトニウム輸送監視センターは、即この輸送機の異変に気づいた。
「ブルー・パシフィック! 応答せよ! ブルー・パシフィック! 応答せよ!」
 急に通信回線が切れたことに気がついたプルトニウム輸送監視センターの通信士は、叫ぶように輸送機へ呼びかけた。
 ブルー・パシフィックとは今回のプルトニウム輸送機の暗号名であった。
「大変です! 所長!」
 輸送監視センターの通信士は、所長の方を振り返りながらそう叫んだ。
「どうした?!」
 プルトニウム輸送監視センターの所長は、怪訝そうな顔をしながらそう聞き返した。
「プルトニウム輸送機からの全ての通信が、突然、途絶えました!」
「何だと?! 呼び掛けを続けるんだ!」
 所長は血相を変えながら、そう叫んだ。
 何ということだ! よりによって、プルトニウムを満載した輸送機が、突然通信を断つとは!
 プルトニウム輸送機は、墜落してしまったのだろうか? まさか、核ジャックされたのでは?!
 所長の脳裏に、絶望感にも似た不安が広がった。
 プルトニウム輸送監視センターの管制室の中に、重苦しい緊張感が一気に広がっていった。
 監視センターの中央には、大きなビデオモニターがあり、プルトニウム輸送機の航路全域を表す地図が映し出されていた。その地図上に、航空機の形をした記号が点滅しており、それがプルトニウム輸送機の現在位置を示していた。その点滅している記号の脇には、輸送機の航行速度、高度、消費燃料などのデータが、リアルタイムに細かく表示されていた。
 プルトニウム輸送機をレーダーで監視していた監視員が突然、大声を張り上げた。
「プルトニウム輸送機が、高度を下げ始めました!」
「何! 高度を下げ始めた?」
 所長は半信半疑のままそう叫ぶと、ビデオモニターに表示されているプルトニウム輸送機の高度の数字に目をやった。すると、航行速度はマッハ0.8で一定にもかかわらず、高度は1万メートルを切り、どんどんと降下していた。
 所長は通信士の方に向き直って叫んだ。
「応答はまだないのか?!」
「依然、応答ありません…」
 通信士は悲痛な面持ちでそう答えた。
 そして追い討ちをかけるように、レーダー監視員が、悲鳴に近い声で叫んだ。
「プルトニウム輸送機が、高度百メートルを切り、レーダーから消えました!」
 その声と同時に、ビデオモニター上で点滅していた航空機の記号が、スーッと消えてしまった。
 プルトニウム輸送監視センターは、最新鋭の総合レーダーシステムでプルトニウム輸送機の監視にあたっていたが、高度百メートル以下については、他のあらゆるレーダーシステムと同様に、追尾不可能であった。
 監視センターの管制室にいた職員は皆、放心状態となり、誰一人として言葉を発するものはいなかった。
 管制室の中は、コンピュータに取り付けられた冷却用のファンの回る音だけが微かに響き、まるで時間が止まってしまったかのように静まり返った。
 監視センターの所長も、まさか起こり得ないと思っていた事態が今現実に起き、ただ呆然と立ちすくむだけであった。だが、所長はすぐに我に返ると、側にいた補佐に、
「首相官邸に緊急連絡だ! このことは、第一級の機密事項として取り扱うんだ!」
と命じた。
「はっ!」
 所長の側にいた側近はそう返事をすると、首相官邸への緊急連絡用回線を開いた。
 プルトニウム輸送機は墜落したのだろうか?
 まさか、核ジャックされたのでは?!
 もし、核ジャックされたのであれば、日本だけではなく世界中が、プルトニウムを使った脅迫やテロ行為に脅かされる事になる。
 プルトニウム輸送監視センターの所長の脳裏に、絶望感がよぎった。


 正体不明の男たちに乗っ取られたジャンボ・ジェット貨物輸送機は、高度百メートル以下の海面付近を、轟音を轟かせながら高速で飛んでいた。
 ジャンボ・ジェット貨物輸送機が飛び去った後の海面には、気圧の急激な変化で、水しぶきと共に大きな水柱が次々と立っていた。白い大きな機体の輸送機は、まるで海面を飛ぶ巨大な白鯨のように雄大であった。
 そしてプルトニウムを満載したジャンボ・ジェット貨物輸送機は、太平洋を遥か南の水平線へと消えていった。

第二章へ続く・・・


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