∽*∽*∽*∽*∽ ショート・ストーリー ∽*∽*∽*∽*∽
都会派の私も時には、都会の喧騒を忘れたくなる時がある。 私は、穏やかな春の息吹を求め、一人、羽村堰を訪ねた。 玉川上水の取水口である羽村堰から、上水に沿って美しい桜並木が続き、穏やかな春の日差しの中を桜の花びらが静かに舞っていた。 咲き乱れる桜の木々を眺めながら、暫く歩いていると、若い女性が、地面にうずくまっているのが、目に入った。 「どうか…しましたか?」 私は思わず、その女性に声をかけた。 「コンタクトレンズを…落としてしまって…」 若い女性は眉をひそめながら、悲痛な面持ちで、そう言った。 事の成り行きを知った私は、一緒にコンタクトレンズを探した。 しかし、桜の花びらが一面に敷き詰められたじゅうたんの中から、小さなコンタクトレンズを探し出すのは、容易ではなかった。 とうとうと流れる上水の水と共に、静かに時が流れた。 私はふと、目の前を舞う花びらの先に、光るものを見つけた。 「あっ、あった!」 私はそっとコンタクトレンズを拾うと、その女性に手渡した。 「あっ、ありがとうございます!!」 その女性は、こぼれんばかりの笑顔で、そう言った。 二人の間に、桜の花びらがひらひらと舞った。 春は、桜と共に、やって来た。 |
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