∽*∽*∽*∽*∽ ショート・ストーリー ∽*∽*∽*∽*∽
都会派の私も時には、都会の喧騒を忘れたくなる時がある。 私は、雄大な大自然を求め、一人、屋久島を訪ねた。 夜も更けたころ、私は月明かりに照らされた白い砂浜を一人、静かに歩いていた。 他に人影が無い静かな夜の砂浜は、寄せては返す細波の音が辺りを包み、空には、宝石を散りばめたような満天の星空が広がっていた。 とその時、 「そこを動かないで!」 突然、背後から女性の声がした。 私はとっさに、身構えしながら、後ろを振り返った。 まさか、物取りでは? だが、後ろにいたのは、髪の長い若く美しい女性であった。 「足元を見てみて」 その女性は美しく微笑みながら、私にそう囁いた。 私は言われたとおり、足元に目をやった。 するとそこには、生まれたばかりの小さな亀が、海を目指して砂の上を這っているではないか。 しかも、生まれたての亀は一匹や二匹ではなく、数え切れない程の多くの小さな亀達が、私の足元を通り抜けて海に向かっていた。 その足取りは、弱々しく、たどたどしいものではあったが、力一杯、砂を押し分けて、海へと向かっていた。 何て健気で、何ていじらしいのだ! 私は、神秘的で壮大な大自然の営みをまざまざと見せ付けられた思いであった。 私は感動の余り、彼女の方を向き、彼女の手を握り締めた。 彼女もまた感動で頬を紅潮させ、瞳を潤ませていた。 月明かりの中、私と彼女は時間を忘れ、暫く見詰め合った。 そして私と彼女は、肩を寄せ合いながら、その幻想的な光景をいつまでも見つめていた。 |
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