∽*∽*∽*∽*∽ ショート・ストーリー ∽*∽*∽*∽*∽
まずい、急がなくては! 私は、人込みで賑わう夜の街を、一目散に走り抜けた。 街は、クリスマス・ツリーのネオンに輝き、ジングル・ベルの軽やかなメロディーに包まれていた。 クリスマス・イブである今日、私は、彼女と高級レストランでディナーの約束をしていた。しかし、急な残業が入り、彼女との待ち合わせ時間に、一時間以上遅れていた。 私は人込みをかき分けながら、やっとの思いで約束のレストランにたどり着いた。 しかし、レストランの中に入ると、既に彼女の姿は無く、予約も自動的に解約となっていた。 彼女はどんなに怒っているだろう。私は失意で途方に暮れながら、足取り重く、レストランから冷たい夜の街へと出た。 とその時、私の両目に、ひんやりとした冷たいものが覆い被さった。 私はとっさに、後ろを振り返った。 するとそこには、寒さに凍える彼女の姿があった。 「こら、遅いぞ」 寒空の下で私を待っていた彼女のいじらしさと、自責の念で、私は言葉が出なかった。 私は冷え切った彼女の両手を取ると、私の身体中を流れる熱い血で、彼女の両手を暖めた。 二人だけのクリスマス・イブが、静かに幕を開けた。 そして私達は、暖かい湯気が立ち昇る小さなラーメン屋へと入っていった。 |
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