∽*∽*∽*∽*∽ ショート・ストーリー ∽*∽*∽*∽*∽
都会派の私も時には、都会の喧騒を忘れたくなる時がある。 私は、遥かなる古のロマンを求め、一人、京都を訪ねた。 紅がらの壁の古い家並み、狭い石畳が続く小路、静かに佇む古寺、太陽の日を受けて光り輝く大堰川の水面には、嵐山の紅葉が映えていた。 私は渡月橋の上から、大堰川の静かな流れを見つめていた。 「すいません。嵯峨へ行くには、どうしたら、よろしいのでしょうか?」 観光客風の一人の美しい女性が、私にそう尋ねてきた。 「それでしたら、私もそこへ行く途中でしたので、ご一緒しましょう」 「それは助かりますわ」 その女性は、美しい笑顔を湛えてそう言った。 これと言って予定も無い私は、その女性と共に、嵯峨へと向かった。 美しい女性と歩く京都の町並みは、一際美しく見えた。 古都京都で、美しい女性にめぐり合えるとは、なんて幸運なんだろう。私はそう思いながら、途中の名所を説明して歩いた。 やがて嵯峨の駅舎に着くと、一人の男が、こちらに手を振っているのに気がついた。 嫌な予感が脳裏をよぎった。 「ありがとうございました」 その女性はそう言うと、手を振っている男の元へと走っていった。 予感は見事に的中した。その女性は、一人旅ではなかったのだ。 私は、哀愁漂う京都で、再び一人になった。 |
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