∽*∽*∽*∽*∽ ショート・ストーリー ∽*∽*∽*∽*∽
私は仕事で疲れた身体と心を癒すため、都会の片隅にあるバーのカウンターで、タバコをくゆらせながら、一人、グラスを傾けていた。 暫くすると私の隣の席に、赤いスーツに身を包んだ美しい女性が、腰掛けてきた。 「火を貸して下さるかしら?」 その女性は、メンソールのタバコを白く細い指に挟みながら、私にそう言った。 「どうぞ…」 私はそう言いながら、ライターの火をその女性に差し出した。 薄暗いバーの中央には、白いグランドピアノが光の中に浮かび、そこから流れるラプソディーが、二人の時間を甘く包んでいった。 「少し、酔ったみたい…」 その女性は、甘くそう囁いた。 「どこかで、休もうか…」 「ええ…」 その女性は、少し恥ずかしいそうに、そう頷いた。 とその時、聞き慣れたアラーム音が、辺りに鳴り響いた。 それは、無情なる目覚まし時計の音であった。 「何だ…、夢か…」 夢から覚めた私は、目覚まし時計のアラームを止めながら、そう呟いた。 「今日も一日、頑張るか!」 私は自分にそう言い聞かせると、甘美な夢の続きに未練を残しつつ、ベッドを後にした。 |
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